創業の夢はばたくオンリーワンの技

生きる看板業小回り強み電光掲示板 特注一手に

2004年1月1日 中国新聞

広島都市圏の「海の玄関口」として衣替えした広島市南区の宇品旅客ターミナルビル。
電光掲示板は刻々と変わる出航時間と乗場を知らせる。データは事務所のパソコンから、独自の管理ソフトを介して直送される。
掲示板自体も特注。受注した大手電機メーカーは大型設備や大量生産品は得意だが、オーダーメードとなると話は別。自治体、民間、米軍基地など500台以上の実績を持ち、直結ケーブルやPHSを使った配信システムを開発した成果に出番が巡ってきた。
 「中小だからこそ小回りが利く。見せ方やデザインには、看板業の技が生きている」。立石克昭社長は、柱に育った発光ダイオード(LED)事業の強みを説明する。
看板会社を興そうと決めたのは高校時代。「お金はいらない」と地元業者に出入りした。卒業後に大阪で就職し、デザイン学校にも通った。努力が実り、1977年に24歳で妻と創業した。
しかし、バブル崩壊が襲う。三割ダウンした売り上げをカバーするために電光掲示板の販売代理に乗り出した。その時、既製品と異なる注文がたびたび舞い込んだ。
契約先の別の大手電機メーカーが対応できない実情を目の当たりにし、立石社長はひらめいた。「ビジネスになる」。周囲の反対を押し切り、94年に事業を始めた。
2004年春の完成を目指し、フルカラーの掲示板を開発中。夢は今の売上高の4倍にあたる10億円企業だ。「グッドカンパニーになり、地域の雇用を支えたい」